こんばんは!
いつも応援していただき、ありがとうございます。
apa(あぱ)です(^^)
今日は『日曜フリーテーマ』について書いていきます。
日曜フリーテーマ
今日は日曜フリーテーマと題して文章を書いていきます。
日曜フリーテーマでは、特に細かいテーマを決めることなく、自由に文章を書いていきます。
そのため、テーマはバラバラ、時々で言っていることもコロコロ変わるかもしれないんですけど、日曜日の戯言だと思って、軽く聞き流してくれるとありがたいです。
遅れを取り戻したい
この2週間、父がなくなってから、ほとんど、まともに作業ができませんでした。
あまりにも忙しすぎて。
葬儀の準備やら、その後のゴタゴタやらでバタバタしすぎて、全然作業ができませんでした。
それで、給料でも発生しようものならいいんですけど、そういうわけでも、ない。
誰かに承認されれば、まだいいのかもしれませんが、もちろん、そういうわけでもない。
完全な自己満足と同等になってしまっているのが少し悲しい。
それでも唯一の救いは、母の負担が最小限で済んだこと。
きっとコレを、母が一人でやっていたら精神的にも肉体的にも結構参っていたと思う。
母が、比較的元気そうなのが唯一の救いと言えるのかもしれません。
けれどソレが救いであってもなくても、仕事は何も進んでいなかったのは確かで。
その遅れを取り戻したいというのが実情です。
結構、やらないとならないことが多いなと感じます。
遅れを取り戻すために頑張る。
というわけではないんですけど、できることをしっかりとやっていかないと、
立つ瀬がないですね。
父からもらったこの命を、ぞんざいに扱うようなことはできないですね。
父の死って
これはもともと書いていた台本にないことなんですけど。
いつかくること、とはわかっていました。
しかしまさかこんな唐突に、なんの前触れもなく来るとは思ってもいませんでした。
うーん。不思議なものですね。
いままではできるだけそういう情報は見ないようにしてきました。
父の死に関する情報。
父がいなくなるということ。
そういうのを、見れば、父の死を引き寄せてしまうのではないか?
と、霊的な何かを感じ取っていたから。
というよりも霊的ななにかにおびえていたから。
でも、来るときは来るんですよね。
まさか、父が目を閉じて開けない日が来るなんて。
頭ではわかっていても、実感することはできませんでした。
そりゃあそうですよね。
いまだって。
目を閉じて動かない父を見て、悲しみに暮れたのは事実です。
棺の中に眠る父を見て、自然と涙が込み上げてきたのも事実。
お経を読み上げられる葬式の中で、すっと涙がこぼれ落ちて止まらなかったのも事実。
火の中に入って、骨となって出てきた父を見て、やはり悲しくなったのもの事実です。
だけど、いまは、もう少しだけ実感が薄れてきています。
もともとかなり年の離れた父だったこともあり、一緒に暮らしたことはない。
たまに自宅に泊まりに来る程度だったので、そんなに多くの、大きな思い出があるわけではない。
断片的な思い出ばかり。
だけど、父であることに変わりはなくて。
なのに、いまこうして時間が立つとその、「死」の実感すら薄れてきます。
本当に不思議なものです。
まぁ、だからこそ、人間は生きていける。
「記憶」がいつまでもある地点を捉え続けてしまったら、人間は生きてはいけない。
前に進むことができないから、どこかでその記憶が途切れる、薄れるように作られている。
正確には人間に限った話ではない。
どの動物だってそう。
あれだけ父にべったりだった、猫のきららもいまでは何事もなかったかのように毎日を同じように暮らしている。
ソレを考えると、父の死って。
「いつか来るその日」を訪れていたときは、
できるだけ目を背けていたけれど。
いざその日が来ると、辛く悲しくて、やりきれなくて。
涙が溢れて止まらなかったこともあった。
だけど、ソレが過ぎていくと、段々と実感が遠ざかっていく。
まるで掴もうとしていたクモに近づいたら、実態がなく、
遠ざかったら、また、遠い存在のように見えているように。
そういうのはとても不思議なことのように思えます。
もしかしたら、僕と同じように、身内の死から目を遠ざけている人もいるかも知れません。
そういう人に今言えるアドバイス、としては。
目を背けていても変わらない。
来る日は来る。
だったら、せめて後悔しないように付き合っていくことのほうが大事だと思います。
なにか言いたいことはないか。
やり残したことはないか。
その人に伝えたいことはないか。
それをしっかりと考えることが大事だと思います。
僕はもう、いくら後悔しても、その後悔を晴らすことができません。
アドセンス広告の審査が全然通らない。
全然関係ない話ですが、アドセンスの審査が全然通りません。
なんでかなー。
通らないわけでもないのですが、一つのサイトは通ったんですけど、ソレ以外のサイトは全然通りません。
まだ通らないだけならいいんですけど、あまりにも、審査に時間がかかる。
1ヶ月2ヶ月とかかかって、通るならまだいいけれど、通らないと本当に時間の無駄になってしまう。
これは本当に厄介です。
アドセンス広告って厄介だなと感じます。
ゲームなんてない方がいいのかも
実家に帰って、バタバタしている間。
父の死を偲んでいる間、
ゲームなんて全然やる暇がありませんでした。
そもそも、ゲームをやろうとも思いませんでした。
それが、少し落ち着いて、まだ実家にいるときに、少し気分転換のつもりでゲームをやったら、かなり時間を消費してしまって、夜寝る時間も遅くなってしまいました。
移動時間中は、その時間を感じないようにできる便利なものだと思ったのですが、ソレ以外は大きく時間を無駄にしてしまいます。
昨日も、実際、ゲームをやって、かなり夜遅くまでやってしまいました。
もしかしたら、ゲームなんてない方がいいのかもしれません。
百害あって一利なし。
ただし、まぁ、それがなかったら、いわゆる心のときめきとかは何もない状態になってしまうのかもしれません。
audibleは悪くない
でもソレとは反面、audibleは悪くないと感じました。
audible.
それで作品をきく。
っていうのは結構いい感じだと思いました。
ただしそれを、普通に聞くと、結構大変、時間もかかるんですけど、ワンクリックで、audibleと作業用BGMを切り替えできるツールを作ったんですけど、それできくと悪くないです。
意外と、オーディブルのオンとオフは面倒。
それをワンクリックで切り替えできると結構便利です。
また作品を選択するのは面倒なので、それを別の方法で
作品を自由に選べるようにすると結構便利でした。
で、そういう使い方をしているとオーディブルは作業用BGMのおともとしては悪くないと思いました。
しかしまぁまずは作業体制を再度整えないとなと感じます。
誕生日おめでとうがもう言ってもらえない
なんだか昨日も書いたような気もしますが、今日もまた書いてしまっていることになったらすみません。
父の死は、いまは実感が少し薄れているのですが、
それでも、誕生日の日にコレまで電話で言ってもらえていた、
「誕生日おめでとう」が入ってもらえないのは、少し悲しいものです。
でもそれもまた、受け入れないとならないものなのかもしれませんね。
でも簡単に受け入れられるものでもない。
やはり、悲しいといえば悲しいものです。
しばらく時間がかかるかもしれません。
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