【父の死で感じること】過去は赦せなくても心を許せば良かった・誰かの意見じゃなくて自分の心の声に従うべきだった

父の死

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こんばんは!

いつも応援していただき、ありがとうございます。

apa(あぱ)です(^^)

今日は『父の死で感じること』について書いていきます。

本来、このブログは、一応、SEOアフィリエイトに関するブログ。

SEO関連のあれこれについて書いたり、ここ最近では、AIのことについて書いたり。

もしくはメンタルや作業効率などについて書いているブログです。

しかし。一昨日。正確な死亡診断は昨日。

父がなくなって、そこからずっとバタバタしており、作業ができていません。

毎日書いているブログは、どちらかというと前日の作業の内容を受けて、感じたこと学んだことなどを書いているのですが、流石に今回は、作業していなくてそのことではかけないし、何よりも身勝手申し訳ないのですが、今はそれよりも書きたいことがあるので、そのことを文章にしていきます。

いつもと趣向が異なりすみません。

父の死で感じること

一昨日、診断上では昨日。2026年10月4日。

父がなくなり、あらためて感じることを書きます。

一番最初に感じたこと、学んだことはここで書いています。

【父の死に際して学んだ大切なことの一つ】自分の不足と後悔と悲しみ、父の思いと自分のなすべきこと。許せなかった自分への憤りと激しい後悔

許すこと

僕はずっと、父を許すことができませんでした。

いや、父と息子というのは、得てしてそういう関係が多いのかもしれません。

許すことができなかった。

で、別に恨んでいるわけでも、怒っているわけでもありません。憎しみはゼロです。

が、なんていうかな。

心を許すことができませんでした。

どちらかというと赦すことができなかったのかもしれません。

父は、昨日も書きましたけど、子供のことは、僕のことをかわいがってくれたんですけど、成長するたびに本性?が出てきて、怒る回数が増えてきました。

僕は、というか誰でも同じだとは思いますけど、

「怒られること」が嫌なので、父から怒られるたびに父への恐怖が芽生えてきました。

しかし、父は一代でホテルやコンビニ、タイル業や飲食を運営する会社を作り上げた実績がある。

そしてその実績の殆どは、「怒る」ことで人を使い会社を成長させてきた過去があるので、たぶん。

人に対して「怒る」ということは普通のことだったのかもしれません。

だけど、僕からするとそれが怖くて仕方なくて、その恐怖がずっと拭えませんでした。

その上、子供の頃から父の、母への暴力の話を聞かされていて、まだ若い頃。10代、20代の頃は、どこか憎悪に近い感情を抱いていたのかもしれません。

またそのせいで離婚して、学生時代はずっと父のいない環境で育っていました。

そのことで、確かに10代の頃は怒りの感情があったのかもしれません。

しかし、30代後半くらいからは、自分も少しは成長?したのか、少なくともそのくらいの頃からは怒りや憎しみの感情は抱かなくなりました。

だから、少なくとも直近はそうした憎悪に近い感情はゼロでした。だけど、どうしても。

赦すことができなかった。

過去に怒られた経験。

過去に母から聞かされていた父の印象や残像。

そういうのが積み重なって、父に対して、

「心を」許すことができませんでした。

でもこれって、どっかで、テレビかアニメか漫画か知りませんけど、そういうのでも言っていた気がするんですけど、

人間、「許す」ということが一番と言っていいくらい難しいことなんですよね。

僕はずっと、心を、父に対して許すことができませんでした。

心を開くことができませんでした。

もしかしたら、「実は父さんは生きていました。」

となったとしても、きっと同じことを繰り返すのかもしれません。

やはり、父に対して固く、心を閉ざしてしまうのかもしれません。

だけど。

今は。

父に対して、どうして、心を許すことができなかったんだろう?

という後悔が、ずっと自分の心の中に、霧のように広がって拭えません。

どうして許すことができなかったのか。

いや、過去を赦すことはできなくてもよかった。

だけど、せめて、「心を」赦すことはしてあげても良かったんじゃないか。

今は、そんな事を考えて、ずっと止まりません。

この記事を読んでくださっている方の中に、僕と同じように、「父を赦すことができない。」「お父さんに対して心を許すことができない。」と悩んでいる方がいるなら。

人間、本当にいつどうなるかわからない。

人間の命がいつどうなるかは誰にもわからない。

だけど、「相手を許す」ということは、「相手がいる」なら、「心のスイッチひとつ」で今すぐできることです。

過去のわだかまりが拭えない気持ちは十分わかるけれど、許すこと、赦すことをおすすめします。

どちらかというと、過去の自分に言っていることなのかもしれません。

タイムマシンで過去に戻っても同じことをするかもしれませんが。

せめて、いつに「その日」が来るか分かっていれば、違うのかもしれませんけどね。

感情と事実

感情と事実は違うと思います。

【父の死に際して学んだ大切なことの一つ】自分の不足と後悔と悲しみ、父の思いと自分のなすべきこと。許せなかった自分への憤りと激しい後悔

昨日の記事でも似たようなことを書いたんですけど、

昨日書いたのは、「事実と真実」。

感情と事実。

事実と感情といえばいいのか。

怒れる父がいる。

父が、自分に対して怒る。

というのは、事実でしかないんですよね。

その事実に対して、

怒り。憎しみ。場合によっては悲しも。

そうした感情は、起きた「事実」に対して、人間が勝手に色付けしている「感情」なんですよね。

事実と感情は別物。

事実があるから、感情が起こるのではなくて。

感情があるから事実が色付けされる。

事実に対して感情を決定しているのは自分自身でしかありません。

言うなれば、「自分次第」と言えるのかもしれません。

っていうのは、わかっているつもりだったのですが。

「許す」ということだけはどうしてもできなかった。

そんな自分には少し、嫌気が差します。

メイド・イン・ヘブン

僕はジョジョの中でも第6部が一番好きなんですけど、いろいろな面で好きなんですけど、中でも印象的なのはメイド・イン・ヘブンのスタンド能力。

プッチ神父が生きる人達を幸せにするために、時間軸を一周させる。

一周した世界では、人間は、次に何が起こるかをすべて予測できる。

一周しているから。

すでに体験をシているから。

だから、何が起こっても慌てない。

冷静でいることができる。

プッチ神父はそれこそが、世界の幸せ、人類の幸せだと思ってやまなかった。

結局主人公群に倒されて、もとの時間軸に戻ってしまったんだけど、このプッチ神父の考え方。

ある意味では、そうなんだよな。とずっと思っていました。

今回のことで改めて、思いました。

結局エンポリオに、「運命は自分で切り開くものだ。」と打ち倒されてしまいましたが、でも、僕はプッチ神父の言う事も一理あるなと思います。

今回の父の死も。

それが、2026年10月3日土曜日の20時40分頃にやってくる。

というのが、事前にわかっていれば、もっと父を許すことができたのかもしれません。

今際の際にも立ち会うことができたのかもしれません。

運命を自分の手で切り開く。

ということは、確かに、未来を知らなくてもできることですが。

大事な機会を逃さない。

というのは、本当は運命を知っていないとできないこと。

あるいは運命を知っていると容易にできることなのかもしれません。

プッチ神父。

僕はあなたの目指した理想の世界、それほど、嫌いではありませんでしたよ。

他人にどう言われても貫くべきだった

最後に父とまともに会話をしたのは、2026年10月1日。

母がかけてくれた電話越しに話すことができました。

そのときは、すでに喋るのがしんどそうでしたが(1週間近くほとんど飲み食いも点滴もできていなかったので)、それでも僕のことをちゃんと認識して、

「けんちゃん、会いたいねー。会いに来てよ。」

と言っていました。

ちょっと話しただけで疲れて眠ってしまったみたいでしたが、それでも話すことができた上、すでにその日は余命1週間から10日の宣告を受けた直後ではありましたが、母も電話越しに

「そんな1日2日でどうというわけではないから、急がなくていいよ。」

と言われて、でもその言葉を鵜呑みにせずに、翌日である2026年10月2日に伊勢に変えることにしました。なんだかんだで半日くらいかかる道のりなので、施設についたのが15時3?分頃。

残念ながら、そのときにはほとんど喋ることができなくなってしまっていました。

たった1日で。

そのほとんど、24時間前までは、

「けんちゃん。会いたいね。」

と言ってくれていたのに、

その24時間後にはすでに喋ることすら叶わなくなっていました。

じっと、僕の顔を見たり、呼ばれたときに「はい」と返事をする条件反射はできていたのですが、まともに喋ることはできなくなっていました。

たった24時間で。

母の「そんな急がなくていいよ。」という言葉を鵜呑みにせずに。

いや、鵜呑みにしなかったからこそ、翌日に急いで伊勢に向かったのですが。

もっと早く。

その、最後に父とまともに会話をしたときに「嫌な予感」がしたのを、誰の静止も聞き入れず、急いでそのときに伊勢に向かうべきだったと後悔しています。

その後悔も、もうなんの意味も持たない。

まぁ、唯一の救いは、まともに会話をすることはできなくなってはいたものの。

一応、生きているうちに会うことはできたので。

まともに認識してはくれなかったのかもしれないけれどそれでも、

「生んでくれてありがとう。」

とは、言うことができたので、まだ幸せだったのかもしれません。

長男は、最後、生きている間に会うことは叶わなかったので。

でも、ひとつだけ思うことは、誰の静止を振り切ってでも、すぐにでも行くべきだったと、今は強く思います。

誰かの意見じゃなくて自分の心の声に従うべきだったと、強く思います。

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