こんばんは!
いつも応援していただき、ありがとうございます。
apa(あぱ)です(^^)
今日は『書くことの意味はわからない』について書いていきます。
文章って
うーん、いまさらほんとうにそのひつようがあるのかな・・・
どうしたんだい?モン吉くん。その必要があるのかな、ってなにが?
あ、あぱさん。そうなんだよ。
ここさいきん、しりあいのおにいさんから、アフィリエイトでけっかをだしたいなら、まいにちぶんしょうをかきつづけるように、といわれたんだ。
だけどね、いまのじだいそれがほんとうにひつようなのかな?とかんじてしまったんだよ。
だっていまはえーあいでなんでもできるじだいだろう?
そんななかで、どろくさく、ぶんしょうをかくれんしゅうをしつづけるめりっとってなにかあるのかな?
とかんじてしまったんだ。
なんでだろう?胸が痛いのは・・・
うーん・・・
そうなんですよね。
僕自身、こうして毎日文章を書き続けているわけですけど、
本当にそのメリットが何なのか、考えてしまうことが、ないわけではないです。
毎日こうして文章を書き続けていても、誰かに褒められるわけではない。
誰かに、感謝されるわけでもない。
というかこれ、誰かの役に立っていのか?
すらわからない。
だから、正直なことをいうと、なんのために書いているかわからない。
一方で、確実にコレを書いている時間は失われているわけで。
反面コレを書いている時間がなければ、もっと生産性は向上できているだろう、わけで。
たったの毎日40分くらいのルーチン。
なんだけど、確実に、時間を失っているのは間違いないわけで。
ソレを考えると、本当にコレを書いている意味があるのか?と疑問に感じてしまうことがあるのは確かです。
うーん・・・
しかも、モン吉くんが言ったように、今の時代、ほとんどえーあいが代用できてしまいます。
AIがやってくれてしまいます。
AIがない時代であれば自分で文章を作るしかなかったので、
こうして毎日文章を書く意味、メリットも会ったかもしれません。
だけど、今の時代、AIが何でもできてしまうのに、
こうして毎日書き続けるメリットがあるのでしょうか?
かれこれもう、10年近く?毎日、一日も欠かさず文章を書き続けているけれど、
やはりテーマが「月収250万円稼いだ方法」という怪しいテーマだからなのか(あとは中身が伴っていない日記帳だからというのももちろんあると思うんですけど)、一般の読者は全然集まってきません。(ソレは別にいいんですけど。それにテーマを変えるのは面倒くさい)
それでいて、文章を書くメリット?
強いて言うなら、AIに出す指示の文章がタイピングで全て補えるようになっているということくらい。
だけど。
今の時代、AIに出す指示くらい、誰だって普通にタイピングができるし、
タイピングできなければ、音声で指示を出せばいい。
こうして毎日文章を書いているメリットって、なんなんだろう?
もうやめてしまったほうが楽なんじゃないか?
と何度となく考えてしまいます。
だけど、それでも書き続けるのは・・・
書くことの意味は、わからない
うーん、やっぱりぼくにはまいにちかきつづけろという、そのいみとめりっとが、わからないや・・・
も、モン吉くんの気持ちはすごくよく分かるよ。
僕もいまは、人に毎日文章を書き続けろ、なんていう命題は絶対に課さないだろうね。
一つだけ言えることは・・・
毎日書くことで40分の時間を失っている
おおよそ、このブログを毎日書き上げるまでだいたい40分くらいかかっています。
もっとタイピングの達人クラスになればもっと早く仕上げられるのかもしれませんが、
正直、そこまで、やり切ろうとは思えません。
だいたい以前、かなり、タイピングの技術をマスターしようと色々画策しようとしたんですけど、逆にのめり込みすぎて多くの時間を失いました。
それに、結局その時は。
まぁ、僕のレベルが足りないからなのかもしれないけれど、
結局タイピングの能力を高めても、
結局発想力とかの関係もあるので、あまり時間は変わらないのではないか?
と、思い始めました。
結局どうしたって毎日40分くらいの時間がかかるんですよね。
積み重ねると相当な時間を失っている
「毎日40分だけなら大したことないんじゃない?」
と思う方もいるかも知れませんが、毎日
40分。
だから、1週間で換算すると、
1ヶ月、1年・・・
そういう野暮なことは、しません。
悲しくなるだけだから。
だけど、積み重ねるとソレで相当の時間を失っていることだけは確かです。
得ているものは、見返りは、少ない。非常に
じゃあこうして、毎日40分モノ時間を失ってでも毎日文章を書き続けていることは、得ているもの、見返りは大きいのか?
と言われると非常に少ないと言わざるを得ません。
誰かに褒められるわけでも、感謝されるわけでもない。
ましてや、表彰なんてされるようなものじゃない。
たぶん、こうして毎日3000文字の文章を書き続けているのは、少なくとも日本国内ではそれほどいない、僕が知っている人でも、毎日文章を欠かさず書き続けているという人は知っている限りでは1人。
だけど世界規模で見れば先人はもっといるし、だいたい、文章力が伴っていないのは自分でも知っている。
ライティング能力が向上するわけでもない。
好き勝手書いているだけだから。
ましてや収益があるわけでもない。
いや、広告を貼っているので多少ははいっているんですけど、
正直それほどではない。
むしろ広告があることによって読者さんにはじゃまになって読者が減っているのではないか?
とは思っている。
ましてや精神性が向上、維持されているのかもわからない
こうして毎日文章を書き続けることで、精神性が向上、維持されているのかもわからない。
先日、Xで、
「何かを始めるのは難しいけれどやめ時も難しい。」
みたいな投稿を見ました。
そうなんですよね。
精神性が向上されているかも、維持されているのかもわからない。
要するに何らかの、効果があるのかどうかもわからないことを続けるのって非常に悩ましく。
かといってやめるのも、辞める勇気もないというのはあります。
ただ一つだけ確かなことは、一日でも書かなくなったらソレで終わりということ
一つだけ確かなことは、一日でも書かなくなったらソレで終わりということ。
そこからは多分、いや、十中八九、いや100%、文章を書かなくなります。
毎日作業から日々を始められる嬉しい日々が始まるかもしれません。
し、あるいは、朝からダラダラと日々を過ごす毎日に落ちいってしまうかもしれません。
単なる執着になっているのかもしれません。
だけどその執着は、一日でもやめたら終わりなことは確かです。
だから続ける、のかもしれない
やめたら終わりとわかっている。
だから続けているだけなんだと思います。
別に格好いいものではありません。
格好悪いです。
例えば誰かに、
「あなたの誇れるものは?」
と問われたとしたら、まっさきにこのブログ。
・・・は上がりません。頭を捻ってようやく、このブログのことが頭に出てくるかもしれません。
そんな程度のもの。
だけど、まぁ、それでも。やめたら終わりだとわかっているから書き続けている。
ただソレだけの理由です。
締めくくりすら、変な感じになってしまいました。
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