【辞める決断と重要性】TBSラジオMeet Up NOSE SHOP株式会社代表取締役社長中森友喜さんの話2

Meet Up

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こんばんは!

いつも応援していただき、ありがとうございます。

apa(あぱ)です(^^)

今日は『TBSラジオMeet Up NOSE SHOP株式会社代表取締役社長中森友喜さんの話2』について書いていきます。

 

TBSラジオMeet Up NOSE SHOP株式会社代表取締役社長中森友喜さんの話2

今回は、前回のTBSラジオMeet Up、NOSE SHOP株式会社、代表取締役社長中森さんの話しの続きを書いていきます。

子供の頃

まずは、中森さんの子供の頃の話。

 

中森さんは、瀬戸内海の小さな島で育ったそうです。

5人兄弟の四男。

 

もともと、お父様は食品会社を経営していて、子供の頃はなぜか中森さんがそのお父さんの晩酌の相手をしていたそうです。

 

そこで、お父さんの経営の話を聞いていて、なんとなく自分は会社を経営することになるんだろうなと考えていたそうです。

 

その晩酌の話の中で、かなり具体的な話があったそうです。

契約で失敗して数億円の負債を抱えることになった話など。

会計とか税務とかがすごく大事ということが、実体験ベースでよくわかったとのことでした。

 

大人になってからの話

そこから、話が飛んで大人になってからの話。

 

中森さんは、国税局に入ったそうです。

ですが、そこにいたるまで紆余曲折がありました。

 

大学で、突然やる気がなくなって3年留年。

人の2倍留年していたそうです。

特に理由もなく引きこもっていて、

人に理由を聞かれたときも、

「寝てました」

としか答えられないくらい、大した理由もなく引きこもりをしていたそうです。

 

その後国税局に入るために遮二無二勉強してようやく、国税局に入ったとのこと。

脱税を見つけに行く仕事。

これを一生懸命やっていたそうです。

 

アパレルのベンチャーとの出会い

その後、あるキッカケでアパレルのベンチャーとあったそうです。

 

当時では珍しかったファッションを通販するビジネスをやっている社長で、すごく興味をもってあってみたいと思ったそうです。

 

そこで面接を兼ねて会ってみたところ、見事内定をもらって、そのアパレル会社に入社することになりました。

 

当時にしては珍しく、最先端のビジネスをやっているその社長に惹かれたそうです。

 

meet up。

まさに運命の転換点だったそうです。

 

会社の設立

そこから2011年に中森さんはご自身の会社を立ち上げました。

 

2011年。

日本が苦しい時。

 

そのときに、中森さんは、

 

「仕事ってなんだろう?」

 

と、あらためて考えてみたそうです。

そこから、子供時代のエピソードを思い出して、

「会社を作ることが原点」

と立ち返ったそうです。

 

そこで、

「今だ!」

と思って会社を立ち上げたそうです。

 

キッカケは前に努めていたアパレル会社でもあります。

そこで、創業者ってすごいな、と考えて。

でも、彼と同じことをやっても勝てない。

違う領域で勝負しようと思って、

ビューティーはビューティーでもオーガニックの場所で勝負することにしました。

 

失敗

ところが、最初作ったオーガニックのフレグランスは全くできが良くなかったそうです。

自作したそうですが、全然よくなく、完成した2000個くらいを

やめよう

といって、廃棄したそうです。

よくないものを売っても仕方ないということで。

 

そのときは辛かったそうですが、今後の人生の要になったとのこと。

辞めることはすごく辛いということを学んだそうです。

 

再出発

そこから、オリジナルのブランドをつくるのにリサーチ。

どうやってつくっているんですか?

と、100社くらいリサーチしたそうです。

いくつかの会社と仲良くなって、結局、輸入して販売する事業がスタートしたそうです。

 

香りの民主化

中森さんは、より香りが身近になる会社を目指しているそうです。

 

アニメ

 

は、日本語が英語になっている。

日本の文化がかなりの要素を締めている。

 

香りもフランスからきている。

同じような感じで、日本でも香りがもっとなじんで欲しいという願いを持って経営されているそうです。

 

日本の香りの浸透度はかなり低いです。

 

鼻の感度そのものは良いものの、

日本語の中で香りの言葉が少ない。

「臭い」しかないそうです。

 

たとえば色でいうと、赤色、黄色、青色など。

視覚を表す言葉はたくさんあるけど、嗅覚を表す言葉がほとんどないそうです。

 

つまり、日本では香りと言葉が結びついていないとのこと。

 

言語化が難しいそうです。

 

これから、新しい日本語を生み出すのは難しいので、

既存の日本語と結びつけるのが現実的。

 

香りのデータ化

そこで、中森さんは、どんな香りが好きなのかを可視化してくれる、システムを構築したそうです。

 

300人、400人に嗅いでもらって香りをデータ化。

タグ付け。

言葉を軸に、自分の好きな香りがわかるようになっているそうです。

 

かなり画期的ですよね。

 

品のある

種アープな

 

など、言葉で自分の好きな香りを選んだら、そのイメージに近い香りを用意してくれるそうです。

 

香りのエンタメ化

他にも、香水ガチャなど、香りを楽しんでもらうための工夫をたくさんつくって、

香りのエンタメ化をつくっているそうです。

 

さらに、今では海外のニッチフレグランスを売るだけではなくて、自社でも香りを作ることを始めたそうです。

 

とにかく、ニッチフレグランスの敷居を下げるというのがテーマ。

 

他にも日本人が好きな匂いをつくる、調香師を疑似体験できるサービスもやっているそうです。

 

まさに、香りを体験しに行く、香りのテーマパーク。

そんなサービスをお店では提供しているそうです。

 

学んだこと

今回の2週に渡っての中森さんの話し。

とても勉強になることが多かったです。

香りの専門的な話はわからなかったものの・・・

 

中でも特に勉強になったなと思ったのは、

 

辞める重要性

中森さんは会社を立ち上げた当初、2000個くらい、香水を作って廃棄したそうです。

 

具体的な金額は言っていなかったものの、相当な金額。

つくってしまったのであれば、売ってみるというのも手だったのではないか?

と考えてしまいます。

 

というか、それが普通の思考。

 

でも、中森さんはそこで妥協せずに、

 

「よくないものを売っても仕方ない。」

 

という観点から、思い切って廃棄の決断をしました。

 

考えてみればすごいことですよね。

 

まだ会社を立ち上げたてで2000個もの在庫を破棄するなんて・・・

 

でも、その決断があったから、今の成功があるんだと思います。

 

これは香りの中森さんの話しですが、

僕たちの生活や仕事においても、

「やめること」

はとても大事なことです。

 

この記事を読んでくださっているあなたは、今、

何かを辞めることができなくて、進まない現実にもどかしさを感じていませんか?

 

たとえば、今の会社に努めていてもなんの成長も成功もない。

とわかっているけど、なんとなく続けてしまっている。

 

他にも、今のビジネスを続けていても芽が出ないとわかっているのに、やめることができない。

 

そのように、中途半端に続けてしまっていることありませんか?

 

そうすると、なかなか進歩、進化することができません。

 

やめることはすごく勇気のいること。

失う恐怖がつきまといます。

 

それでも、思い切って辞める勇気を持つ。

 

そういう気持ちを持って臨む重要性を深々学びました。

 

あなたも、なかなか「辞めることができないなにか」に思い切って向き合ってみることが大切かもしれません。

 

僕自身、あらためて、そうした物事に向き合ってみたいと思います。

 

 

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コメント

  1. olive より:

    興味深く読ませていただきました。「香り」との出会いが人生を変えたんですね。私は匂いに敏感なのでフレグランスのある生活に憧れます。日本人にはきつすぎないぐらいがいいとは思うのですが。日本によい香りになっていくことはすごくいいことだと思います。

    • apa より:

      ありがとうございます!そうなんですね。香りの世界も奥が深いですね・・・書いていて、正直わからないことが多いなと持って悩みながら書いていました(笑)

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