【父の死で学んだこと、感じたこと3】自分からファイティングポーズを解くべきだった。磁石の同じ極面のように反発し合っていた。自分が変わるべきだった

父の死

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こんばんは!

いつも応援していただき、ありがとうございます。

apa(あぱ)です(^^)

今日は『父の死で学んだこと、感じたこと3』について書いていきます。

父の死で学んだこと、感じたこと3

一応、今回は、父の死で学んだこと、感じたことの3回目を書いていきます。

一応、このブログは「アフィリエイト」「副業」「ビジネス」向けのブログと位置づけています。

あとはここ最近はAIについて。

父の死について、といういわゆる私情、のことを全面的に書くのは、僕の謎のポリシーからは少しずれることになります。

なので、まぁ、今日か明日くらいでいったん終わりにしようと思います。

私情だらけ、個人的な話ばかりで、読むに耐えない、人によっては重い内容で読みたくないという方もいるかも知れません。ご容赦ください。

どう思考しようしようとも運命には逆らえない

これはまぁ、ここ最近、あらためて感じ始めていたのですが。

どう思考しようとも運命には逆らえない。

という部分がどうしてもあるんですよね。

自分の中でどうしようこうしようと考えていても、迫りくる運命、時間には逆らえない部分がどうしてもある。

どれだけ、ああしようこうしよう、運命に逆らおうと思っても、やってくる運命には抗いようがない部分があると感じます。

「じゃあ、何をどう考えても無駄なのか?」

というと、そんなこともないとは思うのですが、やれるだけのことをやるということは大事だと思うのですが、

なんていうか、うーん、言葉にするのが難しいのですが、結果がどうなるかというのはもう決められていることだと思うんです。

だから、できることは今やるべきことに精一杯取り組むだけ。だと思うんですよね。

そんなことを、あらためて、今回強く感じました。

「生んでくれてありがとう。」は今言えなきゃいつ言えるかわからない。

言えるかどうか?すらわからないから。

今言わないとならないんですよね。

もちろん、言いたいなら、という話ですが。

僕は、ここ数日書いていた記事でも書いたと思うのですが、

【父の死に際して学んだ大切なことの一つ】自分の不足と後悔と悲しみ、父の思いと自分のなすべきこと。許せなかった自分への憤りと激しい後悔

【父の死で感じること】過去は赦せなくても心を許せば良かった・誰かの意見じゃなくて自分の心の声に従うべきだった

言えませんでした。

言えたのは、父が亡くなる前日で。

その時には父は、意識が朦朧としていました。

一応、伝えることはできたければ、

「はい。」

と、何を言われたのか、よくわからず答えたようでした。

あと1日。

早く言えていれば。

亡くなる前日、電話で話したときに、せめて電話でも伝えていればよかったのに。

いわゆる、

「生んでくれてありがとう。」

は、「言うこと」はできたけれど、

「伝えること」はできませんでした。

もちろん。

後悔しても、もう、戻れません。

この文章を読んでくださっているあなたがもし、

「いつか親に生んでくれてありがとうと言いたい。」

と思うなら、今言わないと、いつ言えるかはわかりません。

後悔しないように。

言っておくほうがいいと思います。

運命の変換点

さっきの話につながるのですが、さっきの、「どう思考しようと運命には逆らえない」という話。

運命の転換点見たいのはあるように感じます。

まぁ、パラレルワールドとも言えるのかな。

19時30分頃。

母と兄と妻と僕と、父に挨拶に行った。

その後、妻のホテルにいかないとならない時間が近づいていたので、妻を実家の近くの駅に送りに行くことにしました。

「じゃあそろそろ行こうか。」

といっても、兄はそこから動こうとしませんでした。

仕方ないので、母と妻と僕だけそこから出ることにしました。

その後、一旦実家に行って、妻が妹のキララ(猫)とあったことがなかったので、少しだけ遊ばせました。

そうしたら本来乗る予定だった20時3分頃の電車を逃してしまい、20時29分の電車に乗ることにしました。

その後、妻を電車に乗せたその足で、再び僕一人、施設に戻りました。

戻って、玄関のドアを開けた瞬間、

けたたましい、

「ビビビビビビビビビビビビビビビビ」

というナースコールの音が館内に鳴り渡っていて、

同時に受付あたりから女性のスタッフが駆け出していく姿が見えました。

そして、入口から5部屋くらい先にある、父の部屋に入っていきました。

「え?」

と、驚き、ドアを開けたら、ちょうど父が息を引き取った直後だったようです。

死に目にはわずか1分くらいの差で間に合いませんでした。

不思議なもので。

施設につく前に、

「あ、そう言えば、水がないから水を買おう。」

とスーパーで水を買っていました。

時間にして、5分くらいだったと思います。

それがなければ、父の死に目にはあうことができていました。

それはまぁ、仕方ないというか。

もしかしたら、父は、僕に死に目を見せたくなかったのかもしれない。

長男は、無くなる前にあうことすらできなかったので、それに比べれば遥かに良かった。

と思うのですが、やはりちょっとだけ悔やまれます。

で、この転換点と、言いたいのはそういう話ではなくて。

あとになって、病室に残っていた兄から、

「なんか戻ってくるの遅いなー。と思ってたよ。」

と言われたのですが、

もし、妻を自宅に連れて行って、妹猫のキララと遊ばせていなかったら。

もし、予定通りの電車に妻を乗せていたら。

父がなくなったのが、20時43分頃だったかな。

そのときには、家族全員、病室から捌けていたら。

父は一人で旅立っていたかもしれません。

結局、父さんは、一番中の良かった次男に看取られながら旅立つこととなりました。

いろんな「可能性」がある世界線、時間軸の中で。

いろいろな偶然が積み重なって、父は「兄」に看取られながら旅立つことができました。

きっとほんの少し、運命がズレていたら、父は一人だったかもしれません。

僕はその数日。ほぼ一睡もできていませんでした。

「いつ」施設から、「息を引き取られました。」という電話がかかってくるか、不安で寝付けませんでした。

同時に、その知らせを「赤の他人」から受けるのはどこか冷たい。嫌だ、悲しい。

とも思っていました。

しかし父は、兄に看取られながら。

僕はその瞬間を自分の目でぴったりではないものの見て、知ることができました。

それで良かったのかもしれません。

何が言いたいのかというと。

いろいろ後悔はある。

もっとこうしていれば、ああしておけばよかったと思う部分はある。

だけど。

最終的にはこれがベストだったのかもしれない。

いや、ベストという言葉は適切ではない気もしますが、こうなる運命だったのかもしれないと感じます。

一つだけ言えるのは、父は一人で旅立つことなく幸せだったと感じます。

まぁ、振り返ると、あの時こうしておけばよかった。あんなことシなきゃよかったと思うことが無限に脳裏を巡り続けているんですけどね。

ファイティングポーズを解くことができなかった

それはもう、ここ数日ずっと書いていることでくどくて申し訳ないんですけど、父に対してずっとファイティングポーズを解くことができませんでした。

心のガードを外すことができなかった。

結局それは、自分のことしか考えていなかったのかもしれないと感じます。

自分勝手でしかなかったのかもしれない。

矢印が自分の方向に向いていたからなのかもしれない。

と感じます。

そしてそれは、お互いそうだったのかもしれないのかとも思います。父と僕。

だから、反発し合ってしまった。

磁石の同じ極面同士が反発し合うように。

向き合うことができなかったのかもしれません。

肉体的にも、精神的にも。

でもだからこそ。自分は心のガードを解いて、向き合わなければならなかったのかもしれません。

でも、父が生きている間に、僕はどうしても「ファイティングポーズ」を解くことができませんでした。

頑なに、ガードを固め続けてしまっていました。

いや。

もしかしたら、仮に。

父が今、「生きてました。」と蘇ったとしても、同じことをシてしまうのかもしれません。

だけど、今思うのは、とにかくちゃんとファイティングポーズを自分から外すべきだった。

心のガードを解くべきだったと感じます。

でもその情報を前から知っていても同じだったと思う

ここ最近書いた記事で、父が旅立つ前に、その「心のガードの話しをどっかで目に、耳にしていたらよかったのに。」と書きましたが、多分それはなかったと思います。

そういうのを見てしまうと、

「父の死」

を引き寄せてしまうかもしれない。

と思っていたから、

正確には「いつか来るであろう日の現実」から目を背けるために、できるだけそういう情報は見ないようにしていました。

だからもしかしたら、コレまでそういう情報。

「心のガードを外したほうがいい。」「ファイティングパージを解いたほうがいい。」「後悔先に立たず」という言葉を聞いていたのかもしれませんが、無意識下で目にしていたのかもしれません。

だけど、そむけていた。見ようとしていなかったのかもしれません。

見てはいたけれど、視てはいなかったのかもしれません。

結局それは変えられない運命だったのかもしれません。

いや、「変えようとしていない運命」だったのかもしれません。

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