敷かれたレールに疑問を持つ重要性。誰かの言いなりの人生になる前に

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こんばんは!

いつも応援していただき、ありがとうございます。

apa(あぱ)です(^^)

今日は『自分で楽しむ重要性』について書いていきます。

 

〇〇した方がいい?

超初心者p子

ち、余計なお世話だ。

p子はこれでいいんだよ。

 

apa

どうしたんですか?

p子さん。

やたらと荒れていますね。

 

超初心者p子

あ、apaさん。

そうなんです。

最近、学生時代の友達から、

「p子はもっとしっかりしたほうがいいよ。」

って言われたんです。

それが頭にきてしまったんです。

関係ないだろって。

 

apa

なるほど・・・

そのご友人はきっとp子さんのことを思っていったんでしょうけど、もしかしたらそれがp子さんの癪に障ってしまったのかもしれませんね。

 

人のアドバイスはとても重要。

 

と言われますが、案外そのアドバイスが逆効果になる。

 

というか、「余計なお世話」と思えてしまうことがあると思います。

 

特に相手からしたら良心でアドバイスをくれていたとしても、そのアドバイスが時として相手を傷つけてしまうこともあるかもしれません。

 

それだけに、アドバイスをする側も注意をしないとならないなと感じます。

 

この記事を読んでくださっているあなたは、そんな風に、人からのアドバイスを厄介に感じたりすることはありませんか?

 

アフィリエイトにおいても、なんのビジネスをしていても、あるいは人生全般でそうした人からのアドバイスというのはあるかもしれませんが・・・

 

周りからのアドバイスは時としてそんなふうに厄介に感じられてしまいます。

 

改めて、アドバイスってする側もされる側も注意しないとならないなと感じます。

 

で、そんなことを感じたのがやっぱりラジオを聞いていてのことでした。

 

周りの目を気にせず自分の道を切り開く

超初心者p子

くそう。

余計なお世話だって言うの。

わたしはわたしで考えてるんだからさ。

 

apa

なるほど・・・

確かに他人のアドバイスが逆効果になる、あるいは余計なお世話に感じてしまうことはありますよね。

 

apa

でもp子さんの言うように、周りの意見に惑わされず、自分の道を切り開くことが重要なのかもしれませんね。

 

周りに合わせると言いことはない

このことは、「アシタノカレッジ」というラジオ番組を聴いていてあらためて考え直したこと。

 

テーマは、

「10代の自分に言いたいことは?」

という内容で、リスナーからのメッセージで、

 

「周りに合わせると言いことはない。自分で楽しむ。自分で決める。それが大切。」

 

という言葉がありました。

 

まさにそのとおりだなと感じました。

 

自分自身。

 

しょっちゅう周りの目を気にする学生時代を過ごしていました。

 

周りの目が怖くて、周りが自分のことをどう思っているのか?

悪口を言っているんじゃないか?

 

ずっと気にしていました。

 

ずっと自己嫌悪に陥っていましたが、

そうして周りの目が気になっていた。

周りから陰口を言われているんじゃないかと疑心暗鬼になっていたのは、

自己愛の裏返しだったのかもしれません。

 

まぁ、それはともかく。

 

どちらにしても周りのことを気にしながら生きていたのは確かです。

 

確かに、僕も、今の自分の視点から考えると、

 

「周りの目は気にしない方がいい。」

とアドバイスしたくなりますけど、だけど、それは無理。

というか、逆に。

 

10代の頃に、良くも悪くもそうして周りの目を気にして生きてきたからこそ、今の自分がある。

 

そう考えると、周りの目を気にして生きてきた10代も無駄じゃなかった。

それも必要な生き方だったんじゃないかなと感じます。

 

で、そう考えると。

 

蛇足しましたけど、もともとこの記事では、

「周りの目を気にしても楽しめない。」

ということを書きたかったんですけど、それもまた簡単な話ではないですよね。

 

周りの目ってやっぱりどうしても気になってしまう部分がありますし、周りの目を気にするからこそ、それが将来生きることだってある。

 

強いて言うのであれば、

 

過剰に周りの目を気にする必要はない

と言うのはあるのかもしれません。

 

周りの目を必要以上に気にしていては肩身が狭くなるだけ。

 

そういう部分はあるのかもしれません。

 

もうひとつ、そのテーマの中でリスナーからのこんな投稿がありました。

 

しなきゃダメ、したいことがないとダメに疑問を持つ

よく大人からはそんなことを言われてきたと思います。

 

〇〇しなきゃダメ。

したいことがないとダメ。

 

まさに今回、p子さんがいらだちを覚えていたことと同じ。

 

まわりのひとからは、

 

「〇〇しなきゃダメ。」

「〇〇した方がいいよ。」

 

と言われます。

 

就職した方がいい。

努力した方がいい。

勉強した方がいい。

部活に入った方がいい。

バイトした方がいい。

 

世間的な常識から、こうした方がいい、ああした方がいいというアドバイスを与えられたりします。

 

しかし、そうした常識、本当に必要なんでしょうか。

 

そうした世の中の常識、言うなれば敷かれたレールに疑問を持たない限り、誰かの言いなりの人生になってしまうのかもしれません。

 

当たり前に疑問を抱く

少しテーマの風呂敷を広げすぎたように感じますが、基本的には同じこと。

 

周りの目を気にしないとならない。

周りの人に合わせないとならない。

何歳までに〇〇しないとならない。

〇〇した方がいい

 

そうした世間一般の常識。

当たり前に疑問を抱くことはとても重要です。

 

当たり前や常識は当然のことですが、誰かが決めたことでしかありません。

 

そうした当たり前に疑問を持って、本当の自分の意見を大事にする。

 

というのは、今の世の中、自分らしく生きる上では重要なのかもしれません。

 

もちろん、周りに迷惑をかけたり、損害を与えたりするのは絶対に駄目。

 

だけど、そうでない限りは、なんでもやってみたほうがいいように思えます。

 

「周りの目を気にするな。」

という他人の意見でさえも。

 

確かに、周りの目を気にしながら生きて行くのはすごくもったいないようにも感じる。

 

だけど、もしかしたらそれも必要なことなのかもしれない。

 

良くも悪くも周りの意見に従うのではなくて、自分の意思を尊重する。

 

当たり前に疑問を持つ。

 

ということはとても重要なように感じます。

 

もし、この記事を読んでくださっているあなたの周りに

「こうした方がいい。」

「こうしないとダメ。」

「〇〇するべきだ。」

と言ってくる人がいても、あまり気にしなくてもいいと思います。

 

もちろん、無責任なことは言えませんが、結局は敷かれたレールに疑問を持たない限り誰かの言いなりの人生になってしまう。

そうした側面は常に人生つきまとってきます。

 

しなきゃダメ、したいことがないとダメ。

 

そんな常識は放っておいて、きちんと自分で考えて自分で道を歩む。

それがだいじなように思えます。

 

僕自身。

 

敷かれたレールの上をあるきそうになって、そのレールの道を踏み外して、今自分の人生を歩んでいますけど、少なくとも敷かれたレールの上を歩き続けていたら、きっと後悔していただろうなと感じています。

 

当たり前に疑問を持つ。

常識を疑う。

 

そうした姿勢は常に持っていないとならないように感じます。

 

まとめ

超初心者p子

そういうことなんですね。

 

敷かれたレールに疑問を持つ

〇〇しなきゃいけない、という意見に無理に従う必要はない

自分の意思を常に大切にすること

 

が大切なんですね。

 

 

apa

ですね。

そうしないと、常識や決め事にとらわれて自分の本当の意思というのを見失ってしまうかもしれません。

まずは自分の意思とちゃんと向き合って、本当に自分のしたいこと、やりたいことを見つけて、その道をきちんと歩むことを尊重した方がいいのかもしれません。

 

超初心者p子

わかりました。

p子ももう一度、自問自答してみます。

ありがとうございます。

 

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