こんばんは。八王子ケンジです。
今日は『守るという意識の弊害』について書いていきます。
苛立ってしまう
うーん、ついどうしても苛立ってしまうな・・・
良くないとは思っているんだけど、自分をうまく抑えられないな・・・
どうしたの?a男。苛立ってしまうって、なにがあったの?
あ、a子。そうなんだよ。
ここ最近、小さなことで苛立ってしまうことが多くて、ついAI二八つ当たりしたり、人に強く、きついことを言ってしまったりすることがあるんだよ。
ふん。何を苛立っているんだか。
そんなの、お門違いというのがどうしてわからない。
てめぇに怒るだけの資格なんてないよ。
なんだとう。僕だって苛立つことくらいあるんだよ。
どうして僕は苛立ってはならないんだよ。
ふん。a男程度に人やAIに怒る資格はないという話をしているんだよ。
ぐぅぅ・・・
僕だって苛立つことはあるんだよ!
まーまー、二人とも落ち着いて。
でも私もAIを使っていて苛立つことがあるのよね。
いったいどうしたら、もっと穏やかに作業ができるようになるんだろう・・・
ふむ。
守ろうという意識が、そうした苛立ちにつながっているのかもな。
つい小さなことで苛立ってしまったり、つい小さなことで、感情が高ぶってしまうことありますよね。
それは、AIの登場で増長されているようにすら思えますが、AIだけに限らず、人間関係においてももちろん、同様のことです。
というか人間関係がほとんどなんですかね。
小さなことで苛立ってしまったり、思うように感情をコントロールできない、ということが誰にでも多かれ少なかれあると思います。
そういうときは自己嫌悪に陥ってしまうことすらありますよね。
そういう感情のコントロールは非常に難しい。
だけど、AIや人とやり取りをしていくうえでは欠かせない重要なものと言えます。
結局ここ最近、思うようになったんですけど、そういう感情の高まりは、守ろうという意識が原因で変わってしまっているのかもしれません。
守ろうという意識が焦りを生む
どういうことですか?守ろうという意識が焦りを生む?
うむ。様々な「守る」という意識が感情に影響を与えているんだと思うぞ。
プライドや、過去、コレまで築き上げてきたなにか。
そういうのが感情が揺れ動く原因となっており、ソレをまず自分自身認識することが大事なのかもしれない。
今回は感情についての話。
エーアイとやり取りをしているとなおさら、そうした「感情」について考える機会が増えてきます。
感情が先行して、ついやるべきことをおざなりにしてしまう。
ということがしょっちゅうあります。
AIとやり取りをしていても、
恥ずかしながら、謝罪を求めてしまって、
「ソレよりもまず前に、先に進めないとならない。」
と、わかっていても、ついどうしても、やるべきことを後回しにしてAIに謝罪を求めてしまう。
そちらを優先してしまうということがあります。
「まずは何よりも謝れ!」
といってしまうことすらあって恥ずかしい限りです。
でもそうした感情のコントロールみんさんどうしているんですかね。
AIと遣り取りをするうえでの、そうした感情のやり取りって一つの問題であるように感じます。
他人にきつくあたったりしてしまう
他にも、AIだけではなくて、人にきつくあたってしまうこともあるかもしれません。
他人に対してきつくあたってしまう。
僕も、携帯電話販売会社に努めていたとき、
後輩にきつくあたってしまうことがありました。
たいていうまくいかないんですよね。
飲食店の店長時代も、
アルバイトのスタッフに叱責しても、
一つもうまくいかないんですよね。
本当に、他人にきつく当たるというのは何もいいことがない。
というのはわかっていても、つい感情を抑えられないということがしょっちゅうあります。
もっと身近な話で言うと、以前までは、親に対してきつくあたってしまうことがありました。
どうして、こんなに忙しいのに連絡してくるんだよ。
どうしてこんなに忙しいのに呼ばれないとならないんだよ。
と思ってしまうことすらありました。
だけどそうして、他人にきつくあたっても仕方ない。
正確には、自分の中になにか守りたいと思っているもの。
それは、
時間だったり、過去だったり、プライドだったり。
そういうのが邪魔をしてついた人に強くあたってしまうのかもしれません。
以前までは、よく親とぶつかることがあったのですが、
親友が亡くなってから考えを改めるようになりました。
だけど、とにかく。
そうした、大切なものを守りたい。
そういう意識が、苛立ちを生むのかもしれません。
AIに強くあたってしまうのは、もしかしたら、
それも、時間を守りたいという意識から、
まるで時間を無駄にするかのようなAIの回答に苛立っているからなのかもしれません。
要は自分次第ではあるんですけど、
エネルギーが余っているからこそ人やAIにあたってしまうのかもしれない
というのはあるかもしれませんね。
エネルギーが甘がっている。
これは、ラジオ番組テレフォン人生相談の中で、相談員が、相談者に向けていった言葉なんですけど、でもコレは的を得ている気がします。
人が何かに苛立ってしまうのはエネルギーが有り余っているからで。
それを、冷静に向き合っていくことができれば、
エネルギーを発散させて、怒りをなくす。
要は怒っている余裕がないほど真剣にやる。
やり尽くす。
そうすることで自然と怒りの感情は消えていくのかもしれません。
守るものがないくらいの気持ちが大事なのかもしれない
何かを守ろうとする感情が、人の感情を狂わせてしまっているのかもしれません。
最初から、守るものがないくらいの気持ちで取り組んだほうがうまくいくのかもしれません。
仕事も、人間関係も、自分の感情のコントロールも。
失うものを恐れずにトライするくらいがいいのかもしれない
要は、何かを失いそうな危険があるから。
何かを失ってしまいそうだから。
だからつい、苛立ってしまうし焦ってしまう。
ソレが原因でうまくいかなくなってしまうのかもしれません。
失うものを恐れずにトライするくらいが結局、かえってうまくいくのかもしれません。
結局何かを失うという恐怖が人を苛立たせるのかもしれません。
だから、守るものがないくらいの気持ちで取り組む。
冷静に平静に向き合っていくという生が結局、何かを打開する鍵になっているのかもしれません。
とにかく何かを守ろうという意識が、保守的、臆病な気持ちをうみ、
その環状が巡り巡って苛立ちなどにつながっている可能性もあります。
失うものを恐れずにトライするくらいのほうがいいのかもしれません。
まとめ
そういうことですね。
失うものを恐れる気持ちが感情を揺り動かす
他人にきつくあたってしまうこともある
失うものがないくらいの気持ちで望む
コレラが大切なんですね。
うむ。何かを守ろうという意識が歯車を狂わせる危険性がある。
まずはしっかりと、自分の感情をコントロールする気持ちが大切だろうな。
わかりました。私も何かを守ろうという意識を手放して人にAIに物事に取り組んでいきます。
ありがとうございます。
まぁ、わたしがいいたかったのも、そういうことだけどな。
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