【退屈に耐える能力】codexを使ってて最近思うこと3つ。画面に余計なものは移さず、予見予知は程々に

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こんばんは!

いつも応援していただき、ありがとうございます。

apa(あぱ)です(^^)

今日は『最近codexを使ってて思うこと』について書いていきます。

便利なの?

初心者a子

うーん、ここ最近codexが便利なのか不便なのか、よくわからなくなってきたな。

 

apa

どうしたんですか?

a子さん。

なにかあったんですか?

codexがどうとかって。

 

初心者a子

あ、apaさん。

そうなんです。

ここ最近codexを使っていても、なんだか便利なんだか不便なんだかよくわからなくなってきて、このまま使い続けていいのかな?と感じ始めていました。

 

apa

なるほど、確かに。

codexは便利は便利なんですけど、おもったほどここ最近使い勝手が良くないと感じるようになってきました。

 

ここ最近、どんどんcodexの品質が落ちてきたなと感じています。

最初、codexを使い始めたのは約2か月前でしたでしょうか。

使い始めたときはその便利さに感動しました。

こんなに良いのか?!

と。

claudecodeの使い勝手の悪さに頭来ていただけのことがあり、

codexの丁重さ、便利さに感動しました。

何より態度が良い。

ちょっとしたことでも丁寧に、お詫びをしてくれて、

態度も良い。

その上、1を行って10を理解してくれるのでとても便利でした。

・・・でも、いまは変わってしまいました。

まるで別人のように。

全くお詫びや謝罪なんてしない。

こちらから要求しない限り、

「詫びや謝罪なんかに意味はないだろう?」

とでも言わんばかりに傲慢な態度?を取ってくる。

・・・少なくとも僕にはその用に感じられる。

だいぶ、codexの使い勝手が変わってきました。

平気で嘘をつくようになってきたと感じます。

言うなればコレは、Xでも書いたんですけど、

「作ったツールに対して戻る機能を設けてほしい。」

といったら、これまでだったら、戻る機能プラス戻るボタンもつけてくれていたのですが、

ここ最近で言えば、

戻る機能はつけても、戻るボタンはつけてくれない、

みたいな。

そんな状態になってきました。

つまり、ユーザーの要望を先回りして叶えてくれる機能がだいぶ停滞してきた気がします。

なんだか少しずつ、codexがclaude codeに近づいてきたように感じられます。

うーん・・・

いちおう、これからcodexを使おうと考えている方に向けて、

codexのあれこれ、僕自信がここ最近使っていて感じること、について飽きていきます。

ここ最近codexを使ってて思うこと

初心者a子

うーん、このままcodexを使い続けていっていいのかな・・・

 

apa

お気持ち、すごくよくわかります。

codex,便利は便利なんですけど、使い勝手もだんだん変わってきている印象がありますからね。

ここ最近、僕自信がcodexを使っていて感じることについておつたえしていきますね 。

 

実際にメソッドを確立していない段階でのツール化が正しかったのか正しくなかったのか

実際に、メソッドを確立していない段階でのツール化が正しかったのか正しくなかったのか。

僕は、他の人の使い方がどうなのかわかりませんが、codexはツール化するためのツールとして使用しています。

こういうツールを作りたいとおもったものを実現するために使用しています。

で、そのツール化の実現。

最初に、「こうこうこういうものが作りたい。」

とcodexに伝えて作っていたわけなのですが、

まぁ、最初はとうぜんそれもある程度致し方ないのかもしれませんが。

まだメソッドを確立していない段階でcodexに落とし込んでいたのが正しかったのか正しくなかったのか未だによくわからない、ということ。

つまり、僕がcodexを使うときは、

ツールに落とし込む前提、ツールありきでcodexに指示を出していました。

そのため、反応が鈍くなると言うか、まだ曖昧なものをツールに落とし込むことになるので、

ツールがだいぶ中途半端な状態で出来上がる、事になっていました。

コレは大いに反省するところ。

きちんとcodexでまともに使えるようになった状態で、

その状態でツール歌を目指すべきだったのかと想いました。

まだcodex上でちゃんと使えていないのに、

最初からツールありきでやっていたために中途半端なツールになってしまっていて、

いざ使ってみると穴凹だらけになってしまい修正に追われるということが多かったです。

・・・でもそれが本当に間違いだったのか、いまいちはっきりしない部分があります。

codex上で完璧に使えるようになったものをツールに落とし込もうとしたって、

結局のところ、おなじ結果だったのでは。

codexで完璧に使えるものが出来たからと行って、それをツールに落とし込もうとすると結局齟齬が生まれていたのではないかと思います。

これは、まぁ、自分自身未だに過大なんですけど。

ツールを作るときに最初からツールありきで作るべきだったのか。

それともcodexでもれなく動作できるようになってからツールに落とし込んだほうが良かったのか。

未だにハッキリ答えが出ない部分があります。

予見と予知はほどほどに

codexをツールでアプリを作るとき、事前に予見と予知もする事が大事だと思います。

これ、このままにしておくとこういう問題が起きそうだな。

この問題に直面するのは目に見えている。

そういう問題を事前にツールに処置しておく。

対処を含めておく。

ということも重要なんですけど、

そうした事前に予知や予見は多くの場合。

結局きかない場合が多いです。

なぜならツールを使っていると明らかに、「想定外の挙動」を起こすことが多いから。

おいおい、そんなミスが起こるのかよ・・・

とつい短足が漏れてしまうことがほとんど。

codexでツールを作るときに、事前に起こりそうな問題を対処、予見予知しておくことも大事なんですけど、あまりにもそこに注力しすぎると、どうしても、対処しきれません。

それよりも実際に起った問題を報告して修正してもらったほうが正しく対処できます。

かといって、全部が全部起こった問題に対処しているだけだと切りが無いので、

事前にある程度予見、予知しておくことも大事なんですけど、まぁ、程々にしておくくらいがいいのかもしれません。

画面に余計なものを映すと集中力が途切れる

コレは本当に顕著に思うことなんですけど、

こうしたcodexやクロードコードでアプリを作るときに。

作り終えるまでの時間がやたら、暇になることがあります。

ややもするとその間に、アニメを見たり、You Tubeをみたくなるんですけど、

それがかなり危険です。

つまりcodexやclaude codeなどでの「作成時間」に関係ないものを見てしまうと意識がそちらに流されてしまう傾向にあります。

結果、元の作業に戻るのが非常に困難になります。

そうならないように。

きょくりょく、作業中は余計なものを見ないことが大切です。

まぁ、それは、別にcodexやクロードコードに限った話ではないんですけどね。

とにかく。

クロードコードやコーデックスでツールやアプリを作るなら、できるだけ余計なものは見ない。

画面はできるだけそのままにしておく。

言い換えれば、退屈に耐える能力というのはとても大事なように感じます。

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